高田蒔博士と広藤道男博士の2人をご存知ですか?

03-3558-1904 電話受付  10:00~16:00(平日のみ)
健康医学研究所メインビジュアルPC用 健康医学研究所メインビジュアルSP用

高田蒔先生と広藤道男先生

タカダイオン治療器の発明者としての高田蒔博士と、その弟子で臨床面や動物実験や理論づけで補完し、またタカダイオン治療器に関する書籍のある広藤道男博士の略歴です。


高田蒔博士高田蒔博士の生涯
1892年(明治25年)
新潟県に生まれました。
1915年(大正4年)
東北帝国大学医学部卒業
1921年(大正10年)
ドイツへ留学し、翌年には医学博士号を取得
1924年(大正13年)
東京小石川病院副院長に就任
1925年(大正14年)
第6回「極東熱帯医学会」で「血清反応」「高田荒脳脊髄液反応」を発表。
(血清高田反応(肝機能検査法)として後に ヨーロッパで評価される)
(10年後日本でもスタンダードな肝機能検査法となる)
1935年(昭和10年)
血清絮数反応の確立と統計を取り始める(不妊治療への応用)
1938年(昭和13年)
10月絮数値の乱れ
太陽活動の極大期(太陽第四線の発見)
1939年(昭和14年)
日独医学論文辞典発行
1940年(昭和15年)
改良血清絮数反応を確立
「タカダイオン治療器」を発明
1943年(昭和18年)
高田蒔教授と当時京城帝国大学の学生だった広藤道男さんが出会う
1946年(昭和21年)
東邦大学医学部生化学教授に就任
1954年(昭和29年)
日本人として初めてアメリカ国際アカデミー名誉会員になる
1957年(昭和32年)
タカダイオン治療器が家庭用医療機器として第一号認可を受ける
*17年間の沈黙を破り「タカダイオン治療器」について普及し始める
1978年(昭和53年)
86歳で生涯を閉じました
〇太陽第四線は戦後「対流圏放射線」と改められました
高田蒔博士のプロフィール

高田蒔博士は東北帝国大学医学部卒業後、1921年からドイツに留学。帰国後、父親の病院の副院長として勤務中に、紅い昇汞水(消毒液)に石鹸のついた手を入れると、消毒液の紅い色が紫色になったという経験を発展させて、1925年に「血清反応」並びに「高田荒脳脊髄液反応」を「第6回極東熱帯医学会」で発表しました。その後この発表がヨーロッパで高く評価され「肝機能検査法」として日本でも採用されるようになりました。(血清高田反応)

その後宇宙線の人体に及ぼす影響を研究中に生理機能が太陽の黒点活動により大きく影響を受けていることを血清絮数反応という検査法で明らかにしました。その後生体に起きている電離現象を再現するための装置が必要になりタカダイオン治療器がつくられました。(プラス電子は健康を害することが解りましたのでマイナス電子しか発生しないように改良されました)

ここに太陽の恩恵の一部を取り入れる装置「タカダイオン治療器」が誕生しました。(1940年10月)

その後、この治療器を使った治療方法について副作用の有無、臨床データを集めるためにも約17年間も沈黙を守り続けました。この間治療器がほぼ副作用がないことを確認し、ついに社会に発表され現在に至ります。



広藤道男広藤道男博士の生涯
1918年(大正7年)
広島県に生まれる
1943年(昭和18年)
高田蒔先生に初めて出会う
1944年(昭和19年)
京城帝国大学医学部卒業
同年兵庫県立病院内科に勤務
高田蒔博士に教えを受けるようになる
1945年(昭和20年)
8月原爆投下直後から広島に入り医療活動を行う
1947年(昭和22年)
東邦医科大学生物化学講師
1952年( 昭和27年)
広島記念病院内科勤務
1960年(昭和35年)
医学博士授与される
1962年(昭和37年)
NTT伊豆逓信病院内科部長に就任
1975年(昭和50年)
関東電気通信局健康管理所所長に就任
1977年(昭和52年)
電位療法研究会会長に就任
1987年(昭和62年)
ブラジル放射能事故の要請を受け1ヶ月の救援活動
2000年(平成12年)
細胞改善療法学会を設立
2002年(平成14年)
「電子負荷療法の実際とメカニズム」を出版
2004年(平成16年)
「タカダ電子健康法」を出版
2011年(平成23年)
「電子負荷療法の理論」を出版(現在欠品中です)
2013年( 平成25年)
95歳という大往生にて人生の幕を閉じました
広藤道男先生のプロフィール

医学生当時から高田蒔博士のスケールの大きい研究に興味を持っていた広藤先生は高田蒔教授のいる兵庫県立病院内科医として働き始めました。

時は太平洋戦争まっただ中で昭和20年8月6日広島に原爆が落とされました。
広島県出身の医者として原爆投下の1週間後には現地に入りました。
医者としてやれることはごく限られていたことと思いますが必死だったと思います。

その後昭和27年から広島記念病院の内科に勤務するようになりました。幸いなことに治療に高田蒔博士が発明した「タカダイオン治療器」を使うことができました。
(ほかの病院では使っていませんでした)

原爆の後遺症に苦しむ患者さんに対する特効的治療法がなかった中でかなり症状の改善成果が出たようです。(電子負荷療法の実際とメカニズムP7に記載有)
原爆症の患者さんの症状は、あまりに多種多様であるのにその多くが改善されるのはどうしてなのか?当時はよくわからなかったようです。

その後臨床医として多忙な中で諸先生のご協力も得ながらタカダイオン治療器の実験をやり続けました。

  1. ヤリイカ神経軸索の活動電位に及ぼす電位負荷の効果
  2. 自律神経失調症に及ぼす電子負荷の効果
  3. 創傷治癒に及ぼす電子負荷の効果
  4. 細胞性免疫・液性免疫に及ぼす電子負荷の効果
  5. 酵素反応に及ぼす電子負荷の効果(ウレアーゼの作用)
  6. 活性酸素の毒性防御に及ぼす効果(パラコートの実験)

その他いろいろな実験の中で電子負荷の影響が「身体は細胞でできている。その細胞そのものが元気になるのではないか」という考えになってきたようです。

*高田蒔博士と広藤道男博士の子弟が70年以上にもわたって研究してきました直流式電子負荷療法の治療器は(株)日本理工医学研究所で作られているものしかありません。


広藤道男の家族として感じるのは、タカダイオン治療器の研究をすることによって、戦争で亡くなった方々に対する弔い合戦をしていたのではないかということです。
とりわけ原爆で亡くなった方々に対しては十分な治療ができなかった医者としての悔いもあったのではないでしょうか?
そして未来に対してはこの治療器で医療費の削減ができないだろうかと考えていたようです。

広藤道男博士の代表的な著書は下記になります。
本屋さんにはおいてないのでお求めになりたい場合は下記画像をクリックしてください。

電子負荷療法の理論 電子負荷療法の実際とメカニズム タカダ電子健康法 タカダイオン治療機のご購入はこちら